この世のとうもろこし

匂いを私は熊本で教わった。大げさでなく。人の家に上がるとき、マンションの廊下によどんで何十年もそこに留まっているような独特の匂いや、冷蔵庫のコンプレッサーが吐き出す黴臭さを嗅ぐと、祖母の家を思いだし、とても懐かしい気持ち...

肩越しに見るくらいが

哀しみや、やりきれなさはブルーズが発祥して以来の音楽の友だ、多分。歌を歌う人は、身に起った哀しみ、やりきれなさが、少しだけ通り過ぎた時に歌を拵える。哀しみの渦中にある人は、メロディを連ねることができない。今まさに、哀しん...

移動していく

力とは何だろうか。寺院に関する書籍を紐解くと、たいてい一つや二つほど血なまぐさい話が出てくる。僧兵なる武装集団が絶大な勢力を誇っていた頃のエピソードなんか、ヤクザの跡目争いに見まごうばかりである。当時の寺を知るものが、今...

生きるのも死ぬのも怖くて

私の旋毛から糸が真上に伸びていたとして、それはどこにつながっているのだろうか。人間の目に映る景色のもつ色は、物質自体が色と呼ばれるものを持っているわけではなく、可視光線を受けて特定の色を反射しているだけだといった話を、昔...

「心が心を助けて…」

バンドという単位の不自由さに思いを馳せる。 もっと上手にギターを弾ける人間は、彼のほかに5000人はいたかもしれない。本当は一緒に手伝ってほしい人がいるけれど、彼は仕事が忙しくて、無下に断られてしまった。次の楽曲ではドラ...

爪を噛んでみても

素人の浅知恵は往々にして駆逐される。できあがった風景を目の前にして、私は私の願いを初めて自覚する。 畑の話である。かなりぐちゃぐちゃだ。畝をたてず、さらには土に撥水する物質を敷くことに違和感を覚えて、マルチを敷くのをやめ...

ここにいないことについて

PAシステム、つまり一つ所にあつまった多くの人々に対して、同じ音質の音を届ける仕組みを作り上げたのは、戦前のドイツ・ナチ党であったとはよく聞く話である。かつての演説会場であった劇場では観客が収まりきらず、野外に集まった一...

6億の靴下

ガソリンの中をひた泳ぐ魚の群れ。忘れ物が見つからないという。姪が産まれた。つまり親族が増えた。大変に喜ばしいことである。親戚の数は多ければ多いほどいい。親戚は。友人は…多くても仕方ない、一定の閾値がある。ものには適当な数...

見つけ出してくる

笑顔を保てば解決されるものは限りがある。怒りを突き合わせて解決する問題も限りがある。これら二種類の問題は、背格好は異なるけれど、どことなく目元が似ている兄弟のようなものだ。別の道を降りたら違う渓谷にたどり着く、そういう山...

しゃっくりに塩水

今までに意識せずにいた何ごとかを完膚なく打ち壊して、もう二度と元通りには戻せなくなるような契機がある。それをいつも探している。果たして下世話な覗き趣味からくる気持ちなのだろうか。最初の体験は、喫茶店の窓の向こう側にいる男...