あくがれ

青春時代を過ごしたライブハウスが閉店するとの報を受ける。驚かない。いや、驚くまで、忘れていた。人は生きている。あの場所でも、この場所でも。それを忘れていた。ガタついた網戸を潜り抜けて、小さな羽虫が入り込む。まあいい、どう...

ノトーリアス科捜研

ハチャトゥリアンの『剣の舞』が好きである。全然、アカデミックに好ましい気持ちが湧いているわけではない。何をイメージして作られた曲なのか、全然調べてない。上を下への大騒ぎ、奴隷同士にレイピアを持たせての殺し合いを肴にした狂...

生かされているようだ

相も変わらず死への恐怖で頭を掻きむしって、わあわあ口走ったりする夜がある。ガットギターを爪弾いて、アースグランナーを観る息子。液晶越しに見る、隣の部屋の父の顔。zoomのクラス会らしい。チャリチャリ言わなくなったキーをポ...

二人は止められない

濡れないように歩くより、手ぶらで体を捧げてしまう方がいい。裸足でステージに立つミュージシャンが苦手だった。自然体であろうとする姿勢(この表現がもう、トラックに置き去りにしたいくらい、陳腐で恥ずかしい)を額面通り受け止める...

私の名前とは

いつも名前を探している。 今日は電話を何本もかけた。海沿いで、コーヒーを淹れたいんです。電話口からは、思った以上の困惑が伝わってこない。良い人が電話に出てくれた。もう一本、おたくの神社の舞台でライブをしたいんです、という...

雑然と思うでしょう

ガットギターを弾いていると、時々弦を弾く指先に目がついているような感覚を覚える。目、というと正確さを少しく欠いているかもしれない。指先にそれが備わる事で初めて、私はナイロン弦を間近に見て聴いて、触ることができているように...

口を開いたのがはじまり

メタセコイアという名前の樹木がある。三木博士という方が発表した論文によると、絶滅したと考えられていたスギ科の樹木だったが、1940年代に中国の四川省で神木として祀られているものを、現地の学者さんがメタセコイアであると同定...

8月32日

昨日は日記を書き忘れていたようである。もし私が今、ラップトップを閉じて液晶テレビにたたきつけ、i-Phoneを不燃ごみの袋に投げ入れ、日めくりカレンダーを最後のページまで破いて捨てて、時計の盤面を玄翁で叩き壊したとしたら...

恋し坪井

日がな一日ギターを弾いて過ごした。われながら暢気なものである。豊かな語彙を、無機的でもあり爽やかでもある歌声で歌い上げるスピッツが好きだったが、ある日歌詞をじっと見ていると、なんだこれは、全部恋人に捧げる話じゃないか!全...

私の作る店は

久しぶりの雨である。窓を開け放ってその足取りに耳を澄ます。水の音は心地いい。作業の手が止まった瞬間に耳にする、洗濯機のドラムが回る音はやすらぎである。雨は永らく嫌いだった。お気に入りの長靴を手に、今は大分、好きになってき...