ここでなくてはならない味

合言葉は単純なものだったが、虹色でなくてはならなかった。私はちょうど赤を切らしていたので、辰砂を調達に行かねばならない。奇しくも街には2年ぶりの列車がやってきており、車内で産まれた赤子のつけた花が水気を吸って甘い匂いを漂...

駅員

男は耳の中まで駅員に包囲されていた。彼のため息や毛繕い、笑う直前に現れる笑窪は全て駅員のためにあったし、これからもそうであるだろう。彼の訪れるレストランは超満員、アパレルショップは連日ソールドアウト。しかし彼が誰かの尊敬...

時間士

彼は学生の時分から、そののんびりした気質が災いして多くの失態を冒してきた。見かねた両親は彼を都会へ進学させることに決めた。時間士の普及した土地であれば、社会全体が彼の尻拭いをしてくれる、との魂胆だった。事実、彼は空いたベ...

逃げる2月逃げる

検査結果は良好ではなかった。西に進むべき全ての挙動を葡萄の房が遮るので、彼はもう何年も日暮れを拝むことなく歩き続けていた。絡まった釣り糸をほっぽり出して、町の男たちは彼を一目見ようと突堤を後にした。さっきまで影を潜めてい...

身体化レギュレーション

もうこれ以上遡る必要のない歴史のドミナントな出発時点は昨日の夕方「シンクに落とした包丁が返ってこない」妻の一言で背広のまま海峡横断の旅が始まる首が一番、息が詰まるとか発するので上手に砕いた珊瑚で傷つけて血に誘われた大きな...

Hirugao

今月、56回目の約束を破ってなんだかちょっと、泣きぼくろ以上のご褒美をもらえんじゃないの?セーターが熱くなる\ 気がかり 踏みしめるそばから崩れて砂になる去年の山茶花距離がわかれば近づくことも遠ざかることも簡単だよ数字を...

Emmah

俺の知らないもう半分の君を見つめていたことに気づいて少しほくそ笑むぬかるんだ遊歩道にグッと染まるエアフォースと折り畳まれて落ち窪んだ三日月をせいので渡る僕ら回遊の途中でアイレットがドラムを叩く音まるで聞こえちゃいない笑い...

lick

「この機会を逃す馬鹿などいようはずがないのに、昨日すれちがっただけの、グレーのスーツを着た…それも背中にびっしりとシワの入ったやつ、きっと座席に座る時もそのまま着続けていたに違いない…顔すらも覚えていないオッサンをだぜ、...

肉について

ある人がいう、答えはとんでもなく分かりきったものであって、分かりきった場所にしかも置きっぱなしであるという。それにしてもどうして我々は我々同士の殺し合いで食事を完結させることができないのだろう、という、一見薄気味の悪い、...

まだ生暖かくて

「赤」と書く以外やることがない。ひさしぶりだ。カタカタとキーボードを叩く音を憚る気持ちがある。ここは寝室、傍には妻と子が眠っている。傍をどこまでの範囲に敷衍してそう呼称するか?という問題に私が22世紀的な答えを与えるとす...