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時間の形ってどんなふうに理解ができるんだろう?
ドラえもんの机の引き出しのイメージでいえば直線。不可逆である点を表現にうまく取り込めている印象だけど、時間の遡及や早回しに、直線方向の移動は伴わない気がする。
下北沢の地を恐竜が闊歩していたかもしれない、という想像を…文献にも当たらず地理的な理解も伴わないで丸腰で達成しようとする場合、でも想像の対象となる場所じたいは移動していないわけだから、ひたすらに想像にまつわるエンジンの回転数をグングンとあげて、駅舎をアスファルトを街の喧騒を、すべて溶かして木々や川を展開する必要がある。
タイムラプス…低速度撮影は、時間の形状を表す手段として、「これこれ!」というものに肉薄しているような印象を覚える。
あれ?でもこの、視界に映し出された光景が高速で様変わりしていく様はちょっと、YouTubeなどの動画投稿サイトにあるコントロールバー(再生時間が経過するごとに赤くなっていく画面下の横に長い棒です)を右に左に動かしていくような、直線的な動きにも思えるな。時間って直線として理解するのが、楽なのだろうか。人間にとって。
いやでもそれは、私たちが直線でしか移動できないことに起因してるような気がする、けれど、例えば少し移動するにも、一度蒸発して、別の地点で再び再構築されることで移動を完了する…といったおかしな移動方法しか取れなかったとしても、2地点間の移動は結局直線でしか表すことができない。
窓外のクロマツを見やる。木々たちにとっての移動とか、世界といったものは、人間の理解に導入するのなら、どういった捉え方になるのだろうか。
四肢のある雑食動物として生まれてしまった以上、想像のつかない世界観ってものがあるのかもしれないなあ〜