光だ

彼女の声について考えることにする。10年前見かけた時はなんとなく怖い人だと思った。その怖さは甲本ヒロトや忌野清志郎に通じていた。あくまで主観だ。反論は壁に向かってぶつぶつ呟いてくれ。彼らは日本語で歌う音楽の最高峰…辺境を...

俺は今とてもダメだ

1秒はこんなにも早く、身体すこぶる重く、惑星の猛スピードにしがみついて難を逃れ、産毛のへばりついた汗の跡と口の周りいっぱいの砂、手持ちの品はそれだけ。今日もすでに夕暮れ。待ち人来らず、名も知らず(目の下のそばかすがとって...

紹介状

彼の仕事は7番街西地区のバラックに据え付けられた共同便所の糞尿をあつめ、トラックの荷台に乗った蓋つきのコンポストにぶち込んで回る…汚穢屋だった。 最初にダメにしたのは鼻だった。とにかく仕事の遂行に差し障るので、ジンでうが...

近く、近くに

彼は年間数十件もの企業買収案件をまとめ上げる一流のネゴシエーターだが、名前がまだなかった。 職場の連中や家族、客先ではそれぞれに便宜を図ってくれ、 仮の名で、 呼ばれているようだが、記憶に取りこぼしがあるようで、彼は自身...

靄の中で

ハネムーンの行先は中米を漂う難破船だった 妻は私に、あなたはここで死んだのよ、と言った 家からここまで一緒だったはずだが…伝えると、そうだったわね、と妻は言う 私の生き死には、今は些細な問題なのだろう 靄で見通しが悪く、...

嫡果

綿を見てる 綿を見てる 摘み取られたばかりの綿を見てる 傍には桑の木と、彼以外の全ての蝉が役目を終えて死に絶えた後に這い出てきた蝉が摘み取られたばかりの綿を見てる 豪雨の中…灯りを囲む人々の瞳は優しく暖かいのに私の前にだ...

知らない場所はない

インターホンが鳴って、俺は列をなした運び屋を順番に部屋へ招き入れる。 彼らの手にしたものはてんでバラバラ。 顔を紅潮させて巨大な段ボールを抱えているものもいれば、何事かが書かれた四つ折りのペーパーナフキン1枚、ひらひらさ...

牛の血を盗む

ダニオロの父の首は、朽ちかけて今はもう取り壊すばかりになった公団のB棟、その屋上、干上がった給水塔の中で見つかった。 三日三晩、逃走劇の後、自警団の連中はひょっとすると、誰もホシの顔を知らないという事に思い至り、歩みを止...

遠い

ケストナーの稼業は辞書の編纂、それも引用回数の少ない語句の削除を担っていた。 少しの創造的な野心も持たずに未来をmanipulateできる愉楽に首まで浸かり打ち震える彼は、一生を、この仕事に費やしていきたいと、念じたろう...

時間がない

雪が滑り出して川面が干上がっても、びくともしない資産をお持ちの男が言った なんせ、私は一位なんだぜ。皆の記憶にも新しいだろう、語り種となったその一局は数年に及び、ダイジェストがダイジェストを呼び、戦果は限りなく短い時間で...