百日紅

ずっと空にあった大きな大きな雨雲は、結局一粒の雨ももたらさなかった。私も草木も雨を渇望しているような気がする。愛知県は昔、夕立なんかなかったのに、この8月はなんどか、慈雨に預かれた日があった。クマゼミと共に北上する何事か...

飛ぶように飛ぶ

「あのう、すいません。こちらはA4出口で間違いないですか?リンゴだけを食べて暮らしていたいのですが…。」男の額には焼け焦げたスパム、それでこんなに夜が長い。お互いにかかわることのなかった、鳥と豚の脂をひとつ鉄鍋で焼き付け...

角部屋

「インナーチャイルドの声に、耳を澄ませた方がいいらしいで」妻がどこからか聞きなれない横文字を引っ提げて話す。最近オザケン聴いてないな。どうも、自分の中の内なる子供の声に耳をすませることが、大事?だとか、より幸せになる秘訣...

スペースファンタジー

「なんで『うちの犬』っていうの?名前があるんだから、名前で言ってよ」 昔、大学のかなり上の先輩が、ジャンルなんて評論家がつけたものだ、くだらねえよと私に教えてくれた。メロコアの思想体系から一歩も外に出れずに、不自由してい...

打ち水の跡

目の前といわず、町ぜんたいにばさっと、椅子の背もたれにむけて宙を舞ったジャケットのように、かけられた分厚くてやりきれない気持ちのするヴェールのようなものが、確実にあった。さいきんは、私はそれを見ないようにしている気がする...

口にふくむ

この世の全てを説明しつくすような、壮大で美麗な旋律を知りながらも、誰にも口外せずに門衛に殉じた男を想像してみる。友達はサッカーが上手かった、だが無軌道で膨大なエネルギーに捌け口を与えることをせず、学校へ通うことを、誰より...

いざる

あなたの信念を自分で満たすのも大変ね。徹底的に滑稽で。 あれは手塚治虫の漫画だったろうか。何日も拷問を受けている医者が時折目を瞑る。すかさず、拷問官に頭から水を浴びせかけられ、男は眠りから覚めざるをえないのだが、妙に生き...

欠伸をする

日曜日だけど役に立ちたい。 息子と二日続けて花火をした。そんな夏は、私の幼い頃の記憶では一度もなかったように思う。教育にお金をかけてもらった。私は最高学府まで通い、卒業することもかなった。だが性根としては、根っからの労働...

人足

暑くてじっとりと、肌着の絡みつくだけの時間が、いつの間にか夏にすり替わっている。早朝、まだ残っている少し冷たい空気をかき集めているうちに藪蚊が起き始めて、私の腕を耳を一つの文句もなしに刺してくる。滲む汗に気づいて顔を上げ...

みんなどこにいるの

朝焼けが好きで、それが終わっちまった、7時8時なんか消え去ってしまえばいい。自転周期だったか公転だったか、わからないが、もし地球のそれが変わってしまって、昼が2年くらい続いた後に、数秒のささいな夜がおとずれるようなリズム...