打ち水の跡

目の前といわず、町ぜんたいにばさっと、椅子の背もたれにむけて宙を舞ったジャケットのように、かけられた分厚くてやりきれない気持ちのするヴェールのようなものが、確実にあった。さいきんは、私はそれを見ないようにしている気がする...

口にふくむ

この世の全てを説明しつくすような、壮大で美麗な旋律を知りながらも、誰にも口外せずに門衛に殉じた男を想像してみる。友達はサッカーが上手かった、だが無軌道で膨大なエネルギーに捌け口を与えることをせず、学校へ通うことを、誰より...

いざる

あなたの信念を自分で満たすのも大変ね。徹底的に滑稽で。 あれは手塚治虫の漫画だったろうか。何日も拷問を受けている医者が時折目を瞑る。すかさず、拷問官に頭から水を浴びせかけられ、男は眠りから覚めざるをえないのだが、妙に生き...

欠伸をする

日曜日だけど役に立ちたい。 息子と二日続けて花火をした。そんな夏は、私の幼い頃の記憶では一度もなかったように思う。教育にお金をかけてもらった。私は最高学府まで通い、卒業することもかなった。だが性根としては、根っからの労働...

人足

暑くてじっとりと、肌着の絡みつくだけの時間が、いつの間にか夏にすり替わっている。早朝、まだ残っている少し冷たい空気をかき集めているうちに藪蚊が起き始めて、私の腕を耳を一つの文句もなしに刺してくる。滲む汗に気づいて顔を上げ...

みんなどこにいるの

朝焼けが好きで、それが終わっちまった、7時8時なんか消え去ってしまえばいい。自転周期だったか公転だったか、わからないが、もし地球のそれが変わってしまって、昼が2年くらい続いた後に、数秒のささいな夜がおとずれるようなリズム...

なにを見つめているの

電話はどこにつながっているのだろうか。ガラス張りのキャンパスで、買ってきたスナック菓子を皆でつつきながら何事かのもぐもぐを交わしている君の耳元へとベルを飛ばしているのだろうか。そういえば大学生だったころはいつも時間がない...

そこにいるのは誰

人と夜通し何かを語り合うことがたまにある。高校生の頃、友達の家の離れに集まって、アニメのDVDを肴に、ハロゲンヒーターの頼りない熱を囲みながら何事かを語り合った記憶がある。(人は、当人からしてみても意外なものごとばかり覚...

吐いて捨てる

「消しゴムばっかり食べおってからに!ひらがなも食わんか!」 使わない日本語がある。使いたいけれど使う機会が永劫にない。使わなくてもいい日本語がある。これらは別々のものである。忍者が気になる年ごろは大分過ぎた。海外に行くと...