私の後にした
旅の末にたどり着いた家の間取りが、旅の始まりに後にした家のそれとまるで同じだった場合、責めを受けるべきは旅人だろう。いつものように何気なく草をむしり進めていて、伸びるにまかせておいた汚いアロエの近くで目を上げると、そこに...
旅の末にたどり着いた家の間取りが、旅の始まりに後にした家のそれとまるで同じだった場合、責めを受けるべきは旅人だろう。いつものように何気なく草をむしり進めていて、伸びるにまかせておいた汚いアロエの近くで目を上げると、そこに...
ガストーチを買って初めての使い途は、真鍮のパイプを曲げることだった。母親を探し求めたり、泥砂を掴んだりした手でいつの間にか、真鯛を三枚におろしたり、逃げ溝を作らずに金属をねじ切ったりしている。魚はどれだけ水を飲めるのだろ...
明日の天気を言い当てられない。ビロードスズメと呼ばれる蛾の仲間が好きだ。好きであるということが触ってみたい気持ちを意味しない。翅をとじたときの、裾に向けて弓なりに広がっていくさまは美しい。液晶越しに見ると、昼間見た時とは...
歌詞を書きたいという欲望が昔から強い。特に誰かを対象にして伝えたい内容があるわけでも、詩を構成する突拍子もない方法論を編み出したわけでもない。図書館にこもって窓の外を飛び交う歓声やサッカーボールをうらめしそうに一瞥しなが...
音楽の未来について思いを馳せている。畑を耕しながら、カミキリムシの幼虫をヒヨドリに供しながら。じっと身を潜めていて、過ぎ去っていく問題ではない。もう過去は過去だ。過去のフォーマットに頼る音楽は、私たちに望郷の念は起こすが...
バンドがやりたくて、楽曲を書いてみたいと思い、まず手にした本は楽典であった。私の人生の中で数少ない、鳥瞰図を手にしてから町を歩こうと判断した場面である。猛烈に詩が書きたい。好きな詩人ができ、何度も読んでいるうちに、彼の手...
わたしの猫が家に寄り付かなくなった。朝、玄関を開けると白い靴下を履いた見知らぬ子猫が通るようになった。茶色い鉢割れ頭の白猫が、みるみるやせ細っていく。 私のまわりで重篤な肺炎を起こしたという人の話は聞いていない。疫病はい...
何処にもいかないようにすることはできるだろうか。緊急事態宣言解除の号令があったけれど、世の中のムードは劇的には変わらない。畑を耕し、家を整えコーヒーを焼く、私の生活もしばらく続いていきそうだ。液晶画面越しのブログやコラム...
草刈りをした。ぺんぺん草は草編みで見るような、たくさんの穂をたたえるほどにはまだ実っていない。ローズマリーを植えていたあたりに、昔から当たり前のようにそこにいたよ、と言わんばかりに大きく広く、葉を茂らせていた植物も、ごめ...