ここには何もないわけじゃない

昔、熱心なイスラム教徒のエジプト人に、三日三晩イスラム教の素晴らしさを説いてもらう濃密な時間を過ごしたことがある。 彼の話す日本語は今までにテレビで見、道で聞く外国人の日本語とはまるで異なり、決して流暢でもないが饒舌で、...

最後にたずねる

仕事は捗らず、しかし手足の自由がきく時間をどうにかこうにか間延びさせようと画策する私の中の無法者の一群が、靴下を脱がせポテトチップスを乱暴に掴んでは口の中に押し込む。 これは新しい戦争だー!なんて言ってたかもしれないし、...

欲張りな私の永遠

私にとっての天国とか、永遠といったものがどういうものか想像してみるに、時計とそれが産んだ感性を全て排除した、全ての物事が同時に(厳密に言えば時を同じくしているかどうかを測る物差しがない)進行して終結して始まっている状態を...

こちらからあちらへ

足を伸ばして、長野まで。一日一組だけ泊まることのできる旅館に家族で宿泊した。 恐らく江戸時代に建てられた蚕農家のお屋敷で、蔵が客室だった。中庭にある赤松の老木がドラマチックな角度で空を目指して屹立していた。中央はカルデラ...

横になってみてる

大きな仕事が片付く。安堵の感情はこちらから訪ねてゆかないとなにひとつのおこぼれも与えてはくれない。背伸びをして、ぎこちなく「終わったぞお」などと言ってみる。どれだけ狭くて汚れていようと、快適なベンチを探すより車のシートに...

なにかあると水を汲んでくる

つまり、この話には最初から最後まで狂人しか出てこなかったわけ。注釈を付け加える人間が、語り部を含めてどこにもいなかった。彼自身、集中治療室に横たわっていたのだから。 目の開かない仔猫の鳴いているうちは家の鍵を開けることが...

私の友だちはどこに

瞳が、人間の瞳がどれくらいの塩分で永遠に閉ざされてしまうのか知りたくて開いた本に、魚は死なない生物だと言われている、と書いてあり、そういえば捌かれることなく死んでいる魚を見ることがあまりない理由は、海の近くに住んでいない...

アステアに出会う前の

アニアにはどうしても忘れられない言葉があった、彼女の祖父は藤で編まれた椅子をこよなく愛し、背もたれの部分は祖父に取り残された影が今もなおそこに留まっているかのように茶色く鈍い光沢を保っていたのだが、それは今は何も関係がな...

Todd

愛のなんたるかを知った手つきで手紙を書き終える前に寝てしまった子供らと同様に ゴム毬みたいに弄ばれ、いまやビニール袋のクシャという音に怯え、黒ずんだ歯の一本すらも砕かれてしまった親父たちにも 優しくそそぐ雨があるはずだ。...

どうかその通りに

「君たちは、どうかして生まれてきてしまいました。この問題をこれから、解決しなければいけません」 男は物腰柔らかく壇上から述べる 有孔ボード張り巡らされた部屋の中、声がいやによく通る…たしか、六車とか言った気がする 「冒頭...