彼は学生の時分から、そののんびりした気質が災いして多くの失態を冒してきた。見かねた両親は彼を都会へ進学させることに決めた。時間士の普及した土地であれば、社会全体が彼の尻拭いをしてくれる、との魂胆だった。事実、彼は空いたベンチの一つすら存在しない街で、誰にも失望される事もなく人並みの社会生活を送っているようだった。
恋人を伴って、四国の故郷へと向かう道中…時間士の普及が遅れている土地へと向かう道中で、彼は電車を取り逃し路線バスを間違え、弁当も買えずに見知らぬ土地の無人駅に佇む羽目になった。恋人とも逸れてしまった。途方に暮れながら、彼は携帯を取り出して時間士の手配を終える。合流予定日は3日後の夕刻。救いの手が彼に差し出されるまで、あと75時間。
恋人の持たせてくれた新書をもう3度は読み返したが、その割に本の内容は少しも覚えていない。駅のあたりを彷徨いてみたくなったが、再びこの場所に戻ってくることができる自信はない。三日三晩、誰も座るもののいないベンチで過ごさねばならない。
夜気に寒気を覚えて駅舎のトイレに立ち、去り際ふと鏡を覗き込むと、そこには目を疑うほどに老い、肉を失い枯れ枝のように細く骨張った首とアザと見まごうシミが散らかった白髪の自身の姿があった。震えながら息を漏らす。刺すような痛みに、肺の小さくなっていることに思い至る。
彼の流暢に進みゆく青春のために、何人の時間士が責めを引き受け、老いてそして死んでいったのだろうか。
彼は少し泣いた。少し泣いて、またベンチに腰掛けて時間士の来訪を待った。