「雄猫は去勢してやらんと、サカリの時期は本当に苦しそうやけえね、可哀想」
自分の身から出た、本能に近い欲求から起こる衝動で苦しむさまというものを、私は良く分からないつもりでいる。
強い劣等感に苦しんでいる友人がいる。
そんな余計な荷物、さっさと捨ててしまえと私はそっけなく思いつつ、できうる限りの思いやりで以て背中を押そうとする。
共感できない。全く共感できない。これは彼の彼女の苦しみであって、私のものではない。
酒に潰れて、便器に突っ伏している友人の吐き気を私は肩代わりすることができない。し、私自身も肩代わりしてもらったことがない。
これは私の吐き気、私の苦しみ。
誰かに肩代わりしてもらえる苦しみなど、高が知れている。本当に知れている。
いま、幸せの頂にあったとしても過去についた傷跡が疼いてかきむしる指が止められない、なんてことはしょっちゅうある。
かきむしる指を止められるかどうかは、幸せかどうかの範疇とは別の話…うまく言い得ることができない。
どれだけの事を成し遂げようと、身体は死に向かって着実に腐ってゆくことに似ているのかもしれない。
春の夜気に乗じて、なにか私の望んでいない、狂おしいほどの望郷や後悔の念が襲い来ている。
帰ってくれ。今夜はもう看板だ。