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今日は出店の後に参禅へと向かった。学生の頃よりなにかと縁のある寺で、お手次の寺でもないし、懇意にしている訳でもないが、カースケールでない狭い路地を奥へ進んでいくと現れる、木々鬱蒼とした中に伽藍を構える古刹である。

今日は一般の人間も参加できると聞いていたけれど、お堂の中は明かりが落とされていたため、がっくりと肩を落として車に戻る。狭い車内、ふと思い立ち、ここで座禅に近い行いに取り組んでみてはどうだろうかと思い立つ。携帯を取り出し、タイマーをセットする。何分が妥当か。見当はつかなかったけれど液晶画面をフリックする指がたまたま止まった18分でタイマーをセットし、目を閉じる。妙心寺派はたしか…薄目も開けずに目を閉じ切るんだったか。
おぼつかない記憶、やりなれない法界定印を結ぶ。

で、日記に記すことができるのはここまでである。この後は描写も憚られるようなありとあらゆる情念や怨霊、怨霊と呼び下して唾棄してしまいたい感情や過去、後悔、浅はかな希望を構築し始める意識、息をすることを忘れる馬鹿な体とその肺、そういったあらゆる些事が私の行手を阻み、それを蹴散らし、蹴散らしてはまた心を奪われて…延々とその繰り返しで、耐えきれず目を開いた。
タイマーは残り5分8秒とあった。
どうにもならない物事がこの世に存在すると、わかっていたつもりであったがカタログを眺めているだけだった。私はノンブルの数字から目をあげ、本当にどうにもならない物事がすぐ眼前に迫っていることに慄く。