思い出せない

とあるオフィスビルの…搬入用エレベーターに「最大収容人数34名」との文字を見つけ、なんだか猛烈に懐かしくなる。

もうそんなに乗れないよ。これはエレベーターの機能の話ではない。月並みな表現だが、このエレベーターはこれまでもこれからも、何も変わってはいない。変わったのは私たちを取り巻く世界の方である。ああ、月並みだ…。

疫病の拡散は続いている。きっといつかは、収まる、のだろう。ワクチンの接種がこのペースで続けば、来年ごろには収束するとか、誰かの言葉を目にする。

その先の事を思い巡らす。果たして何人が、マスクを外して生活するのだろう?一昨年までの生活に、すんなり戻るとは、誰も思わないだろう。自分の外側…世界からの要請で、習慣がねじ曲げられてしまった。そして、その変容した習慣を同行者に、私たちは1年半もの時を過ごした。多くの時間が経過してしまったのだ。

人間の細胞は、そのほとんど(全てじゃない)が数年以内で入れ替わるらしい。だからかどうかは定かではないが、時間を経て風化してしまった過去の習慣に思いを馳せる事は、遠く離れた現在の私たちには余り得意ではない。

私は便りを何度も出す。「久しぶり、あれ、あなたと私は昔、楽しく笑い合った仲だったように思うけど、どんな話をしていたんだっけ?」

これは、人生でも指折りの、興醒めで虚しい出来事の一つだ。