好きな人の場所

「このあいだの話は、たった今から忘れてくれていい」

腰に由来する背中の痛みが朝の枕元にいつもある。
体の事を考えるのはいつも面白く、新鮮な驚きや喜びを感じる。
静かにバランスする姿勢をさがしてもぞもぞしたり、筋肉に気づかれないような走り方を考えたりしている。
スポーツとして、校庭で学び、審美眼を整えたあれやこれやは、もう徹底的に間違っていたんじゃないか。
昔の日本人は、走るときに両手を真上にあげていたらしい。
私も端から見れば、一種異様な姿勢でもって走る。
私にしかわからない、私の一番体に良い走り方を体に尋ねる。

好きってなあに?二番目に近いところにいる他人に使う言葉だよ。
そこには誰も居なくて、足元の草花は短く刈り込まれているから、足にまとわりついたりしない。
梢を叩き降りながら木々を渡っていくサルや、木漏れ日とあなたとの間に不穏な影を落とす猛禽類もいない。
誰しもがそこに立つことができて、そして誰も、あなたを見つけることはできない。
これは暗喩である。
私の思う好きな人に開け放つ場所。