ラストオーダーは

パソコンと向き合う仕事を抱えて、ファミレスに来た。私はある程度は愚かな男で、出先でやりかけた仕事はそのまま出先で片付けろ、というビジネス書の言葉を頭から信じ込んで動いて見る程度には愚かで、それを愚直と言い換える狡賢さもしっかり持ち合わせていた。

2時間、wi-fi を借り、一番安いパスタで腹ごしらえ、水とホットコーヒー、おかわり2杯。

「まもなく」私は顔をあげる。「ラストオーダーとなりますが、いかがですか?」

ラストオーダー…。私はウェイターの言葉を額面通り受け取って食べたいものを探す。彼女たちは本当は帰りたい。桃とライムチーズのガレットを頼む。頼んでしまった。ここで600円ほど売上が上がろうが関係ない。彼女たちはきっと、一度拭きあげたステンレスの調理台の上をまた汚すハメになったことに打ちひしがれるのだろう。

デシャップのあたりで、ウェイターが壁にもたれかかって同僚と話している。どうにも珍しい光景に思え、一瞬のち、ファミリーレストランと呼ばれる類のお店は、今21時に看板となることに思い至る。ああ、それでラストオーダーか。違和感が氷解していく。スタッフは皆、仕事を終えたら家に帰るのだ。そんな予想が、私を安堵させる。

眠りに帰る人たちの纏う雰囲気が好きだ。たとえば大阪で夜、南海電車に乗る人々の表情は家に帰って眠る人のそれである。

東京にいた頃は、良く分からなかった。新宿から中央線に乗り、中野を過ぎ、高円寺を過ぎ、しかし降りて行く人も乗り込む人も、彼らは今から眠りに行くのか出勤途中なのか、初舞台に震えているのか別れの気配に押し黙っているのか、とにかく何も読み取れなかった。人々全てが、不眠症に陥っているかのように私には見えた。

この私の、妄念に近い当てずっぽうは誰かを批判する意図はない。愚かに見えることが、他人に分かりやすさを提示し、それが安堵をもたらしているのだとしたら、私も私以上の誰かになろうとする心を即座に唾棄しよう。夜はちゃんと眠るのだ。