あの人は立ったまま溺れている。
スーツ着たあんちゃんにも、どうすることもできない。
彼は悪の権化ではなく、違う世界の話をしているわけで、なんだったかな、『コックサッカーブルース』だったろうか。
信徒が3人、チェーンソーに巻き込まれて壮絶な死を遂げたとしても、それは私たちの立つ位置から見えた世界の話で、ちょうど山深い道を走る車の中、一人わたしだけ山中に光るなにかの両眼をみつけてしまったときと同じで、その角度から見た外界のもたらす情報に、私がかってに筋書きしているだけなのかもしれない。
と、こういう理屈で物事を考え始めてしまうと、誰かのすすり泣きや老女のため息、ベランダに敷いてある子供用の煎餅布団、これらをとめることができない。
私はだれとも絆を結びたくはない。
毎日5分だけ、入れ代わり立ち代わり訪れる、たくさんの人々と、軽い挨拶や冗談を交わした後は、みなそれぞれの時間に戻っていく。
うすっぺらい、人間の産毛だけをなぞっていくような言葉を嫌悪しながら、そこに回帰していく。
私は動物を嫌悪しながら動物に帰っていくことに憧れる。
それは全く矛盾してないんだ。
世界の外郭を見たことがあるならば。