グラウルと白内障

朝起きて、祖母の月命日の供養。
坊主の読経は毎月節操なく読み上げ方を変えていく。
涅槃に至る道を探しあぐねて、今まさに頭を抱え苦しんでいるさま、そのままのような声色。
誰の背中もさみしく小さくなっていく朝。

母屋の軒から一直線に、何メートルも先の馬酔木まで堂々と伸びた蜘蛛の糸を、たまたま手に持った汚いデッキブラシでからめとる。
どこかに、この世界のすべての理をたちどころに説明し、解き明かす言葉があると信じることを、ある日突然やめたくなるような心地が襲ってくる。
洗車し終えた車にまだとれていない水垢を見つけた時などに、一足飛びで懐に忍び込んでくる。

ここはもう二度と腰の立たない狭い穴倉ではない。
しかし拭っても拭っても、こびりついて離れない疑問は今日いちだんと影を濃くする。
カップの中で冷めていくコーヒー…手を休めてはいけない
ペースメーカーのいない坂道。
バタバタと体を動かすこと、それ自体にバタバタする一日。