そいつを仮に安藤としましょう

ビルの入館許可を取り付けるためには名前と社名、そして電話番号が必要だった
私は万が一にも電話がかかってくるはずのないその申請用紙に、いつも安藤の電話番号を書いていた。安藤は私の幼い頃からの友人で、家出した夜、携帯の電源が切れてしまっても奴に連絡が着くように、私は奴の電話番号を諳んじて言えるのであった
それは私の不真面目な勤務精神と低俗な欺き、ある意味潔癖に近い、論理的な思考からは足が遠のいた個人情報の提供に対する嫌悪感そして、今では疎遠となった安藤との紐帯の再確認…といった様々に入り組んだ態度のキメラ的所作であった
今日、私はついに名を安藤だと名乗った。名乗ってから、用紙に殴り書きした電話番号を見返してみると果たして自分の携帯番号だった
真正面に立つと、隣にいる人物の姿が目の前に映し出される鏡を知っている人はどれほどいて、その鏡の前で隣にいたブサイクなヤローの顔を眼前に捉えて目眩がした人はどれほどいるのだろうか
会えて嬉しい。短い時間だけ握手をした、またはほんの少し肩が触れ合ったような喜びだ