怖いんだろう

「ヴァニティにキスをしろ!話はそれからだ…」
手斧を買った。
スウェーデンかどこかの手斧で、薄いクリーム色の、メープルだろうか、ずっしりとした木の柄が少し曲がっているところが気に入った。脈絡のないオレンジ色の塗装も気に入っている。
端的に言って、斧は凶器である。使い方次第で簡単に、人を殺め得る。
しぜん、持つ手も緊張しっぱなしで、いつ枝をおさえる手に打ち当ててしまわないか、ひやひやして腰は引けたまま一向に戻ってこない。
玄翁を使う時も、同じような妄念に駆られる。
私は打ち付けた釘の数だけ、自分の後頭部を叩き割る妄想をしている。
昔から臆病であるこの気質は齢三十を超えても一向に変わらず、花火で片耳の鼓膜を失ったり、体のいたるところの骨を折っている友人の話を聞くと、ぞっとするし、どうしてそういった状況に陥らないように、未然に防ぐ手立てを講じないのか、不思議に思う。
わき道から、車が侵入してきそうな気配があればブレーキを踏み、隣の車線の車が少し横にブレようものならブレーキを踏み。日照りの時は涙を…つまらないことを書いた。
この世が怖いんだろう。私は自分をそのように断じている。

よく飲み物をこぼす友人がいた。コーヒーの入ったマグからワイン、灰皿まで、なんでもひっくり返してしまう彼は、人が自然と彼の周りに集まる、そういった魅力を携えていて、私もその一人であった。
この世が怖いんだろう。彼に私はそう言われた気がした。
屍肉を喰らう、と書くと気味が悪いけど、俺らのことやんな。
大きなヒキガエルの体液を浴びてしまった男の腹に、殺したはずのカエルの人面瘡…。
私も出会ってきた人達の一部を、継いで剥いで出来た生き物だ。
舐める靴は選びたい。そういうものだろう?