10日ほど前から腰を痛めている。痛くなるのは腰ばかりである。
今回は左足の痺れを感じ、仕事を数件飛ばして養生することに。痛む身体をかばいつつ、用心しながら焙煎した豆を発送して過ごす。穏やかで、子供ともゆっくり遊べる有意義な時間であった。
しかし出店の日程が差し迫ってくると、途端に気が張って(立って?)焦ってしまうわけで、心は血湧き肉踊る闘争のような日々を求める一方で、全力でそれを拒んでいたりもする。
お世話になっている鍼灸院の先生から「頭になにか懸念がある」といったお話をされたわけだが、ナナフシもびっくりの、思い当たる節だらけである。今のフレーズ、やり直したいけれど時間がない。
「欲しいものは穏やかな暮らし…」という歌詞はクラムボン、いやおおはた雄一さんに歌われている。悲しみをちょっと通り過ぎたところで人は微笑む。これは『本気』という漫画のフレーズ。不安の最中に見出す平和な時間に、こう、グッと来たりするけれど、そればかりだた怠惰な生活に甘んじてしまう自分の気質を理解した上で、忙しない前線へと飛び込んでいくことを歓迎して来たわけだが、その皺寄せが自分の身体や家族に迫ってきている。
どうしたものか。ソファに倒れ込むようにして考える。そのまま気を失う。夜気に冷えて強張った体を無理に起こす。腰を痛める。仕込みが間に合わない。焦る。
なんて悪循環だ。考えるのをやめるべきタイミングかもしれない。
ここで「感じろ」と人は言うだろうけれど、今の私に必要なのは「考えるな、寝ろ」である。