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「わたしは本当は獣医になりたかった」
弛緩し切った身体を横たえた私の傍で彼女は寝入る準備のついでに、突然そんな話を始めた。人の話を聞くのは好きじゃない、正確に言えば当時は好きじゃなかった。身に覚えのない判断や行動が、意図せず私の骨肉とならんと、一斉に染み込んでくる感覚が好きではなかった。現に十何年経ってもこうして覚えているわけで、それは按摩士が施術した人の痛みを「もらってしまう」感覚に近いかもしれない。
「そうなんだ」と私は答える。答えた気がする。そういえば彼女の実家では珍しい動物…主に齧歯類が多く飼われていた。高校生になっても門限の時刻は伸びることのない、厳しい家庭ではあったが、動物を飼うことだけは、何匹でも許してくれたらしい。
どうして獣医学部を目指さなかったのか。たしか私は聞かなかったように思う。あの頃は何かを諦める理由をうまく言葉で表現する力も、それを受け止める経験も、お互いに不足していたから、意図的に避けたのかもしれない。今でも避けるかもしれない。何かを諦めた話は、それが合理的であればあるほど虚しさが募るから、おそらく今でも私は、獣医学部を目指さなかった理由を問いはしないだろう。
どうして、高校三年生時点での選択肢、その一度きりで明暗を分けてしまうようなものに「夢」などという大層な名前をあたえてしまうのか。具体的な将来の夢を提示することを意図的に避けてきた私には不思議でならない。
「悲しい話をその身に集めているのか?」この質問は頭をよぎりもしなかった。そして今、少し聞いてみたい、慎重に笑い飛ばしながら。

ということを思いました。