『アバウト・タイム〜愛おしい時間について〜』という映画がある。好きなんです。
この映画のネタバレを不可避とするお話を書きます。見てない方で、ネタバレ嫌いな方は閉じてください。
この映画は、恋愛に関して奥手であった主人公が、タイムスリップして一目惚れした相手との恋愛を成就させるというストーリーのSFチックなラブコメディ…に見える。
ただこの映画で(製作陣の意図は計りかねるが)提示されたのは、現代人に往々にして生じるであろう、とある矛盾した状況である。
その話をします。
まずおさらいと説明を兼ねて、この作品において描かれるタイムスリップに関しての説明。
・主人公家族の男系男子のみタイムスリップの能力を使用可能(劇中では主人公とその父のみ)
・暗がりで戻りたい特定の時点を念じることでタイムスリップできる(現在の記憶を引き継いだ状態で過去の自分の生を生きる。つまり、現在の自分と過去の自分が対峙してしまう…なんてことはない。ゲームで言うところのセーブ地点からのやりなおしに近い)
・過去に干渉可能(つまり未来を変えられる)
・現在に戻ることもできる。その場合、干渉した内容に応じて現在は書き換えられている
・他の家族は能力のことを知らない
これだけわかっていればいいかなー。
主人公はこのタイムスリップの能力を何度となく用いて、一目惚れしたヒロインとの恋を成就させ、セックスもより喜ばれる結果を導いたり、など、かなり頻繁にタイムスリップを用いている点にコメディ要素があり、序盤は面白く視聴できる。
結婚、出産を経てのち、妹の交通事故をきっかけに、かなりの過去へとタイムスリップして現在を書き換えることに成功したのだが、ここで現在に戻ってきた主人公を待ち受けていたのは、性別の異なるかつての愛娘の姿だった。
要は、書き換えてしまった過去に付随して、瑣末な出来事についても「正史」と異なる行動が取られ、結果受精のタイミングの微妙なズレが子の性別その他の遺伝的要因を変えてしまった、ということみたい。あんまり重要じゃないので精細を欠いてます。
タイムスリップするのであれば、「正史」で娘が生まれた後の時間までしか遡れない、と決意した矢先、タイムスリップに関しての唯一の理解者でアドバイザーであった父が病に倒れ、そのまま亡くなってしまう。
これ以降が当作品の独特な点なのだが、主人公はタイムスリップで生前の父に会うことができるので、父の死後も何度となく教えを乞いに行っていたのである。緊張感うすれる〜。
ただ、そうこうしているうちに主人公は二人目の子供を授かる。我が父の顔を知らぬ子が生まれてしまってからでは、もう2度と父に会うことはできない事に思い至った主人公は、タイムスリップして父に最後の挨拶を交わしに行くのだ、が…。
実際、その生まれてきた子供の性別や気質の微妙な違いを、主人公が全く考慮しなかった場合、彼はいつでも父に会うことができるわけだが、それをしない。
父に会うことのできる能力を、彼は保有しながらもそれを唾棄する。
この構図が、現代に生きているすべての人間が直面する(可能性のある)矛盾に、非常に良く似ている。
私たちの生活にはSNSが返しのついた釣り針のように深く食い込んでいる。
昔いじめてきた人、コスプレの趣味がプロフィール画面に溢れ、もはや当時の面影を感じさせない同級生、気分次第で体罰を辞さなかった体育教諭、むかし好きだった人…ありとあらゆる「知り合い」に、私たちはかつてないほど簡単に連絡を取ることができる時代を迎え入れた。
「今生の別れ」といった言葉は、現代において完膚なきまでに死滅させられた言葉であろう。どんなにドラマチックに別れを告げても、涙ながら就いた帰途の電車で、彼女が幸せそうな表情で韓国発祥の丸っこいソフトクリームを食べている自撮りが目に飛び込んできたりするわけだから、別れという単語はいつの間にかとてつもない滑稽で主観的・自己陶酔的な妄想に成り下がっている気がする。
そう、「別れ」という言葉で形容される状態はそもそも非常に主観的で、現代においてはそのヴェールが破り捨てられて無粋に打ち捨てられている状態で、劇中の父と主人公の関係は極端ではあるが、「死」をも超えた「別れ」の永久に訪れない関係であり、その名状し難い曖昧な関係を「別れ」の枠内に押し込めようとしている自身の積極的な右手の存在に、あんたは気がついているか?
タイムライン上で名前を見かけるたびに、トークルームを整理するたびに、友達リストを眺めるたびに、いつでも連絡が取れるくせに、私たちは特定の誰かと「連絡を取らない」という選択肢を毎日毎日消極的に選び続けている自らの意図を感じ、別れと呼びならわしている状態を維持継続させようとする自らの積極性を感じている(だよな?)のだ。
なんて時代だ。生きているだけで毎日(微量に)自らを傷つけている時代なんて。
まあ、恩恵の方がでかいんだけどさ。
無粋でダラダラした時代に生きてるな、と思うよ。毎日。