レニーの船はひと息に沖へ進み出た。他にも何隻か船影が、昨日より濃く立ち込めた霞越しにゆらゆらとちらついて見えるが、誰が乗っているのかまではわからない。そもそもこの海に知り合いは初めからいなかったことに彼は思い至る。しかし挨拶は欠かさなかった。
時刻は午前5時23分。沖にあるすべてのものらが少しだけ明るみに曝されるころ。
彼は憂鬱だった。漁りを終えたら、再び岸へと戻らねばならないことを、舟を漕ぎ出した当初からずっと不満に思っていた。陸での暮らしは、想像でしか知らないけれど、知らないからこそ、その訪れを強く拒んだ。ここでまずめの時間が訪れるまで、網の手入れをして過ごしていたいというのが、彼の本音であった。いや、取り繕うような相手もいなかったので、そもそもの初めから彼は、少しも嘘偽る必要なく、徹頭徹尾、岸に上がりたくなかった。
少しだけ水面が騒がしくなる。飯の時間だろう。彼は投網を手繰り寄せ、投擲の体勢を整えてじっと、水面に目線を合わせた。魚影の浅黒い塊が、いっとう濃くなる瞬間を見極める。最近は乱視が進んで、実際の魚影よりも大きく、寂しく打ち震えて広がる気まぐれなアメーバが、その気まぐれさを甚だしくさせているように彼の目には映る。この身体も古くなってきた。少し眠ったら再び元気に動ける予感を、まだ信じることができる。