口にふくむ

この世の全てを説明しつくすような、壮大で美麗な旋律を知りながらも、誰にも口外せずに門衛に殉じた男を想像してみる。
友達はサッカーが上手かった、だが無軌道で膨大なエネルギーに捌け口を与えることをせず、学校へ通うことを、誰よりも先にやめてしまった。
窓口を失った彼のサッカーの技術は、その後有志のサッカーチームで使い古される、特技に収束していった。

『リング』シリーズが流行った世代である。日本のホラー映画の金字塔ともいえる同作をきっかけに、私は鈴木光司氏の小説を読むようになった。
『楽園』の中で一番印象的だった登場人物は、音楽家である。名前は…もう全く思いだせない。
彼は、優れた音楽は最初からこの世のどこかに「落ちて」いて、作曲家はそれを拾ってくるだけだ、といった考えを極限まで敷衍して、いまだかつて誰も足を踏み入れたことのない、正確に言えば、作曲家が足を踏み入れたことのない場所を目指して辺境を旅する、とか、そんな設定だったと思う。

いま、目の前にどんな筆舌にも、筆致にも尽くしがたい夕陽が訪れ、それが毎日やってくる。
類まれな場所だなあと思う一方、それの当たらない、日の光の届かないどこかにも、別な新たな美しさが宿り、それが毎夜、立ち現れるのかもしれない。