いざる

あなたの信念を自分で満たすのも大変ね。徹底的に滑稽で。

あれは手塚治虫の漫画だったろうか。
何日も拷問を受けている医者が時折目を瞑る。
すかさず、拷問官に頭から水を浴びせかけられ、男は眠りから覚めざるをえないのだが、妙に生き生きとした顔でうすら笑いを浮かべている。
果たして男は、ほんの数秒の眠りで何時間もの良質な睡眠を得ることのできる薬剤を、奥歯に仕込んでいた、という話の筋だったように記憶している。
端的に言って、やべえ薬だ。
しかし私が、このふてぶてしいほどに寝坊助で眠ることが大好きな私が、たとえ良質な眠りを数秒で得られたとしても、果たして現実世界に戻ってきたときに、薬による効能を納得できるのだろうか。

あなたは家の時計を5分、10分、早めたことはあるだろうか。
私の家のある部屋に掛けてある時計は、長いこと15分早かった。
学生の頃は、ボーっとテレビを見た後にちらりと目をやり、時計が思わぬ方角を差していることに驚いて、慌てて家を出たものだった。
おかげで遅刻というものに無縁の生活を送ることができた、時期もあった。
その時計の刻む時刻が、何を表しているのかを十分に把握してしまうと、もう私の頭は時計の針を、見くびりはじめた。
結果的に、寸分たがわず日本の標準時刻を差す時計とともに暮らしている頃よりも、人を待たせることになった。

身体が得られた恩恵と、最後には心が納得するかどうかのすり合わせ。
私は空を飛べそうにもなければ、月にだって向かうこともできず、這いつくばったままだ。