超低遅延の赤い波間に

あいつは楽屋にいる間じゅう、『蠱惑の上更東』を歌ってたっけ。

古いナンバーで…とかなんとか言いながら、Carlton & the shoes みたいな、気の抜けた裏声で、…けれど他の何人かが身を乗り出して耳を傾けたように、傍に座る私にすら、あいつの歌声の、旋律は聴こえてこなかった。

古い冷蔵庫から、今取り出したばかりの干からびたズッキーニをぽとりと落として、食い入るように見つめていた…の身体は、荷捌き場に停めてあった真っ黒なバンの中から発見された。

クリスマスプレゼントを待ちわびているね。

いつの間にか歌い終えて、あいつは言った。

誰のこと、どこに向かって話しかけているのだろう。

テーブルの上にある開いたままの雑誌には、ハリネズミの巣のグラビアが。