男は生まれ、そして間違いなく死んだ。
彼は彼女のこれまでの半生とはまるで関わりがない(この一節は筆者の親切心の析出である)。
大きめのロッドで巻いたパーマのよく似合うそのウェイターは、左手で彼女の髪を弄びながらオーダーに応える。
リエットと違って鷄のレバーパテですので…臭みはそこまで…。ですからこのまま同じボトルをお楽しみいただけますよ…
「その手をどけたまえ、彼女は私の恋人だ」私はメニューに視線を落したまま何度も頭の中でつぶやいてみせる。こめかみの肉が締まり、鼓動が頭蓋を叩くその音がよく聴こえる。三月の水。ワンノートサンバ。コケティッシュな笑い声。彼女の笑い声。
飼っていた猫の時折あげる声を思い出す。声門の与える運命は実に過酷で多岐に満ちている。切り立った崖とそこに住む蟹たちが、泥に濡れた私たちの顔を平然と横切る。
永久にメニューから顔を上げることができないかもしれない私は、テーブルや椅子、その必然的な高さにかろうじて誇りを支えてもらって、まだ液体の体を維持できている。
30秒前に睨みつけた腕時計をもう一度見やる。ライトが私の眼鏡を照らした瞬間を合図に、皆が散り散りに持ち場へと戻っていく。そろそろ起きよう。