窓の開け閉めだけで

私は天邪鬼である。筋金入りである。

異様なファサードが目に飛び込んでくる。
それまで眺めていた平凡な街並みから突然、音もなく現れる逃げ水のように私の視界に躍り出た特異点、『OPEN』の文字、あるいは、名前だけ書かれたぶっきらぼうなA型看板。
中に入る。セージやレモンバーベナ、私の生活に根付いていないハーブの香り。
薄暗い店内。裸で吊るされたエジソンランプ。
打ちっぱなしの床、ギシっと音を立てる板張り。オブジェのような店主と目が合う。こんにちは。
不潔さを感じない、程よい使用感のある木の什器にセンス良く間隔を開けて置かれた品々。
裏面や底にひっそりと貼られた手書きの値札。
木張りのスピーカーから、またはCDコンポから流れる、ヒットチャートとは袂を分かった風の、ビートもグルーヴも極力なくした、ギターの、ピアノの調べ、優しく語り掛ける歌声。

完璧だ。完璧だ。
二回大きくうなづいて、私は店をでる。
特大の「けっ!」という気持ちが足を前へ、小石を蹴り上げる。

私は天邪鬼である。筋金入りである。
これでBGMがAMラジオだったら、いやさ無音であったら、どれだけよかっただろう。
あの歌声も、私が偶然探し当てて耳にしたのなら、好きになっていたかも知れない。

形が柔らかかろうが、攻撃的であろうが関係ない。
一切のノイズの入る余地のない、完成してしまったものはまるで、密室をみているような息苦しさを覚える。
私は、完璧さの中に逃避したくなるような現実というものを知らない。
目をおおってしまいたくなるような惨状を知らない。
きっと誰かの憧れであり、息継ぎのできる場所であり、保養地であるのだろう。
私のじゃない。悔しいがお呼びない。
防波堤の上で遊ぶ子供が目に浮かんでくる。
隣の席に座った、ラーメンズファンの二人の女性の言い合いがよぎる。
窓の開け閉めだけで変えられる世界がある。
表を走るカブの排気音に救われる人よ、多くあれ!